大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)1274号 判決 1968年8月08日

原告

板垣惇之助

ほか三名

被告

港南運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告板垣惇之助に対し、金一、八〇〇、〇〇〇円及び内金一、五六七、二〇〇円については昭和四〇年九月一六日以降、内金一三二、八〇〇円については同年一〇月一日以降、内金一〇〇、〇〇〇円については、同四一年一月一日以降完済まで年五分の金員を、原告板垣昌之、同板垣真、同板垣信之に対し、各金八九九、七六六円及び右各金員に対し、昭和四〇年九月一六日以降完済まで年五分の金員をそれぞれ支払わなければならない。

原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は、原告らその勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告両名は連帯して原告板垣惇之助(原告惇之助という)に対し金一、八〇〇、〇〇〇円、同板垣昌之(原告昌之という)、同板垣真(原告真という)、同板垣信之(原告信之という)に対し、各金一、二〇〇、〇〇〇円及び右各金員に対し、昭和四〇年九月一六日以降完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決と仮執行の宣言とを求め、請求原因を次のとおり述べた。

一、原告惇之助は、亡板垣綾子(綾子という)の夫、原告昌之、原告真、原告信之は、いずれも原告惇之助と綾子との間の子である。

二、被告弓削勝彦(被告弓削という)は、被告港南運輸株式会社(被告会社という)の従業員であるが、昭和四〇年九月一一日午前八時一〇分頃、被告会社所有の自動三輪車(神六あ二、五六一加害車という)を運転し、時速五〇ないし六〇粁の速度で、小港交差点方面から麦田町方面に向けて進行し、横浜市中区本牧町二丁目三六四番地先の横断歩道が設けられてある道路を通過しようとしたが、右横断歩道に向つて、左側からは幅員約五米の道路が交差し、交通整理の行われていない交差点となつており、かつ、その手前には電柱が立つていて、向つて左側の見透が著るしく妨げられているので、かかる場合には、自動車の運転手は、予め減速徐行して(道路交通法第四二条)、特に横断者の有無を十分確認し、状況によつては警笛を吹鳴する(同法第五四条)などして進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに拘らず、これを怠り、前記速度のまま、前方注視不十分で進行した過失により、折柄、右横断歩道上を左方から右方へと横断していた綾子を左斜前方約一〇米先の地点にはじめて発見し、あわてて急停車の措置をとつたが間に合わず、加害車の右前照灯附近を同人に接触させて路上に転倒させ、よつて同月一五日午後九時二〇分頃横浜市中区本牧町一ノ八九番地村山医院において脳挫傷兼頭蓋内出血により死亡するに至らせたものである。

よつて、原告らは被告弓削に対しては民法第七〇九条により、被告会社に対しては第一次的に自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条により、予備的に民法第七一五条により損害の賠償を請求する。

三、綾子は、事故当時訴外第一金属工業株式会社(訴外会社という)に勤務し、給料一ケ月金一六、三七三円、賞与年間金四一、四〇〇円を得ており、給料は毎年一割昇給することになつていた。綾子は、死亡当時年令四五年であつたので、少くとも今後二〇年間勤務が可能であり、その場合退職金として金六〇〇、〇〇〇円支給されることになつていた。綾子は、訴外会社の寮監並に炊事婦として勤務し、男寮内に無償で六畳と三畳の間を与えられ、家族と共に居住することを許されていた。そして綾子は、その食事の材料を寮生の材料と一緒に買入れ、又一緒に調理するため割安であり、その上、光熱費、水道費などの諸雑費は一切無料であつたから、綾子の生活費は一ケ月金二、〇〇〇円と計上するのが相当である。

(一)  綾子の喪失した得べかりし利益は、別表(一)のとおり昭和四〇年九月一六日に一時に請求するものとして、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金五、七六一、六七八円となる。

(二)  綾子の退職金を昭和四〇年九月一六日に一時に請求するものとして、ホフマン式計算方法により年五分の割合で中間利息を控除して算出すると、金三〇〇、〇〇〇円となる。

(三)  綾子は本件事故以来死亡に至るまで甚大な精神的苦痛を蒙り之を金銭に評価すると、金三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。以上綾子の蒙つた損害賠償請求権の総額は合計金九、〇六一、六七五円である。

四、原告らは綾子の死亡により、左のとおり損害賠償請求権を相続した。

原告惇之助(相続分三分の一)金三、〇二〇、五五六円

原告昌之、原告真、原告信之(相続分各九分の二)各金二、〇一三、七〇四円

五、原告惇之助は、別表(二)のとおり医療費並に葬儀関係費用として金一三二、八六八円支出した。又、昭和四〇年一二月二五日浜田弁護士に本件訴訟に伴う手数料として、金一〇〇、〇〇〇円を支払つた。

六、原告惇之助、綾子は戦争中、満洲開拓団員として満洲において農業に従事していたが戦後引揚げてきた。しかしながら、原告惇之助は特別の技術をもたないので、妻子を本籍地の宮城県玉造郡岩出山町に置き、単身東京に出稼ぎに出て、土建会社の日雇人夫をして、妻子に送金していた。綾子は、昭和三九年三月頃、訴外高橋剛の世話で訴外会社に前記の職を得、一家が共同生活を営むことができた。その後、原告惇之助も同訴外人の斡旋で訴外神田乾電池株式会社に職を得たものの、昭和四〇年六月肺結核兼結核性膿胸を発病し、健康保険による傷病手当金(月額金一二、七八四円)と綾子の収入をあわせて、辛うじて生活をいとなんでいた。その上、原告昌之も、名古屋市の中華料理店に勤め自活していたが、昭和四〇年六月一八日事故により、右踵骨骨折及び左脛骨骨折の傷害のため、退職し帰宅して治療していた。原告真は理容業に従事しているが、未だ自活するに至らず、原告信之は小学生である。右のような、一家困窮の状態の中に、杖とも柱とも頼む綾子に本件交通事故が発生したのである。

原告らは、綾子の死亡により甚大な精神的苦痛を蒙つたので、これを金銭に換算すると、原告惇之助は金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告昌之、原告真、原告信之はそれぞれ金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

七、よつて、被告らは原告らに対し、連帯して右四、五、六、の金員及び四、六、については綾子の死亡の日の翌日である昭和四〇年九月一六日より、右五の医療費並に葬儀関係費用については昭和四〇年一〇月一日より、弁護士手数料については、同四一年一月一日より各完済に至る迄、民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。

八、よつて、右請求権の内金として被告らは連帯して、原告惇之助に対し、金一、八〇〇、〇〇〇円、原告昌之、原告真、原告信之に対し各金一、二〇〇、〇〇〇円及び右各金員に対し、昭和四〇年九月一六日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。

なお、原告らは左の順序に従い請求額に充つるまで請求するものである。

第一順位 綾子の死亡により相続した損害賠償請求権

第二順位 原告惇之助の支出した医療費、葬儀関係費用、弁護士手数料と同額の損害賠償請求権

第三順位 原告らの慰藉料請求権

九、なお、加害車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは認める、と附陳した。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、綾子がその主張の日時場所において被告弓削の運転する加害車により交通事故にあい死亡した事実は認めるが、その余の事実はすべて争う。

本件交通事故は、被告弓削が制限速度である時速四〇粁で加害車を運転していたところ綾子が、横断歩道があるにもかかわらず、その先をうつむき加減で左右を確めることなく突然飛び出してきたため、被告弓削は突嗟に如何ともし難く綾子と衝突したのであつて、若し綾子が道路を横断する者として、当然何人もなすべき左右の注視を怠らなければ、かかる事故は絶体に惹起しないものである。(本件横断歩道には黄色い旗も用意してある。)従つて、被告弓削は加害車運転に関し注意を怠つたわけではなく、全く綾子の左右に対する注意義務を欠いた過失により本件交通事故を生じたものである。勿論、被告会社には運輸省認可の自動車整備工場があり、点検には特に注意しているから、加害車に欠陥又は機能の障害が存在する筈がない。よつて、被告らは損害賠償の責任を負わないものというべきである。

仮に、被告弓削に加害車運転に過失があつたとしても、右のとおり綾子に過失があるから、過失相殺を主張する。

被告らに損害賠償義務があると仮定しても、原告ら主張の損害額の算定は次の点で失当である。

原告らは、一方では綾子の昇給を見込みながら、一方では控除さるべき生活費を月額僅か金二、〇〇〇円に固定して計算している。これは収入が上ればこれに伴い生活費も増加するが通常であるという経験的事実を無視している。綾子の控除さるべき生活費の額は、綾子の生存中の具体的生活費の額が詳かではないので、統計によることとし、昭和三九年全国消費実態調査報告第一巻家計収支全国編第一表(日弁連調査室「交通事故損害賠償訴訟の実務」二四一頁所収)によると、勤労者世帯の一ケ月当りの実支出総額は、世帯人員数四・〇六人の場合金四九、〇五〇円であるので世帯人員一人当りの一年間の実支出額は金一四四、九七二円(円以下切捨)である。従つて、綾子の死亡時の一年間の給料及び賞与の額が、仮りに原告ら主張のとおり金二三七、八七六円であるとしても、少くとも内金一四四、九七二円は生活費として控除されるべきである。そして、右生活費の給料及び賞与の合計額に対する割合は六割となるので、綾子が原告ら主張のとおり昇給するとしても、昇給後も年間給料及び賞与の合計額の少くとも六割は生活費として控除さるべきである。

(立証) 〔略〕

理由

一、綾子が、原告ら主張の日時場所において、被告弓削の運転する加害車に接触、路上に転倒して死亡したことは、当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、被告弓削は被告会社の従業員であるが、被告会社所有の加害車を運転し、昭和四〇年九月一一日午前八時一〇分頃、時速約四〇粁で小港交差点方面から麦田町方面に向けて進行し、本件横断歩道付近を通過するにあたり、同所が横断歩道の左側には幅約五米の道路が交差しており、かつ電柱およびそれに接して立看板が立つていて、前方左側の見透しが一部妨げられていたが、前記速度のまま進行したところ、右電柱等のかげから出て左右を注視しないで横断歩道側端付近を左側から右側へ小走りで横断してきた板垣綾子を左斜め前方約一〇・五米の地点に初めて発見し、急停車の措置をとつたが間に合わず本件交通事故を惹起したことが認められる。

右認定の事実関係からすると、本件交差点は電柱およびそれに接して立看板が立つていて、前方左側の見透しが一部妨げられているのであるから、被告弓削は横断者の有無を確認することは勿論、右電柱等のうしろから出てくる歩行者の横断に備えて、予め減速して事故の発生を防止する注意義務があるというべきである。しかるに、被告弓削は減速もしないで、時速約四〇粁で漫然本件交差点に進入したのであるから、これが過失があること明らかである。よつて、被告弓削は民法第七〇九条により損害賠償の責に任じなくてはならない。又、前記認定事実のとおり、被告会社は加害車を所有し、その従業員たる被告弓削をしてこれを運行させていたものであるから自賠法第三条により、その損害の賠償をしなければならない。

三、そこで、本件交通事故により原告らの受けた損害の点について判断する。

(一)  綾子の得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕によると、綾子は大正一〇年九月一四日生れ、本件事故当時四三才の健康な女子で訴外会社に勤務し、一ケ月金一六、三七三円の給料と、年間金四一、四〇〇円の賞与を得ており、毎年一割昇給することになつていた。又、綾子が以後二〇年間勤務した場合の退職金は、金六〇〇、〇〇〇円であること、綾子が訴外会社の寮監と炊事婦をしていたため、六畳と三畳の二間に無償で家族と共に居住することを許可され、食事の材料も寮生のそれと一括して買入れ料理するため割安であり、かつ、光熱費、水道費など無料で使用できたことが認められる。

右認定のとおり、綾子の事故当時の年令が四三才で訴外会社の寮監並に炊事婦をしていた職務内容からすると、就労可能年数は今後二〇年間と推認するのが相当であり、又、綾子の収入金額に、間代、光熱費、水道費が無償であること、食事作成費が割安であること、原告昌之、原告真がほどなく独立し、それぞれ綾子に仕送りをはじめることなど諸般の事情を綜合して考えると、綾子の生活費は収入の五割と算定するのが合理的である。

(1)  そうすると、綾子の喪失した得べかりし給料賞与合計の利益は、別表(三)のとおり、昭和四〇年九月一六日に一時に請求するものとしてホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金三、〇四一、三二六円となる。

(2)  綾子の退職金六〇〇、〇〇〇円を昭和四〇年九月一六日に一時に請求するものとして、ホフマン式計算方法により年五分の割合で中間利息を控除して算出すると、金三〇〇、〇〇〇円となる。

(3)  原告らは、綾子の慰藉料請求権を金三、〇〇〇、〇〇〇円と評価し主張するが、これは本来一身専属性のもので相続性をもたないものであるから、ここに損害額として計上しない。

よつて、綾子の得べかりし利益の喪失額は合計金三、三四一、三二六円となる。

(二)  しかしながら、前記認定のとおり、綾子が本件道路を横断するにあたり左右を注視せず漫然小走りで横断をはじめたことは、綾子に過失があり、その過失が本件交通事故発生の一因となつたものといわざるを得ない。従つて、これが過失を右損害額の算定につき斟酌すると、被告らに責を負わすべき賠償額は金二、八〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  〔証拠略〕により、原告惇之助は三分の一、原告昌之、原告真、原告信之は各九分の二の割合で、綾子の損害賠償請求権を相続したものと認められるので、原告惇之助は金九三三、三三三円(円以下切捨)、原告昌之、原告真、原告信之は各金六二二、二二二円(円以下切捨)を夫々相続により取得したことになる。

(四)(1)  〔証拠略〕によると、原告惇之助は別表(二)のとおり医療費並に葬儀関係費用として合計金一三二、八六八円支出したことが認められる。

(2)  〔証拠略〕によると、原告惇之助は昭和四〇年一二月二五日浜田正義弁護士に対し、本訴訟に伴う手数料として、金一〇〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

(五)  次に原告らの慰藉料について判断する。

〔証拠略〕により、原告惇之助は特別の技能を身につけていないうえ、肺結核兼結核性膿胸にかかり、綾子を杖とも柱とも頼んで生活していたことが認められ、右事実に本件事故の態様、綾子の過失その他諸般の事情を斟酌すると、原告惇之助に金一、〇〇〇、〇〇〇円、原告昌之、原告真、原告信之に各金五〇〇、〇〇〇円の慰藉料をもつてそれぞれ相当と認める。

(六)  しかして、原告らは自賠法による責任保険金として金一、〇〇一、〇五四円の支払を受けたものと自白するから、これを前記相続分の割合で分割し(円以下切捨)、原告らの損害賠償額に充当すると残額は、原告惇之助は金一、八三二、五一七円、原告昌之、原告真、原告信之は各金八九九、七六六円となること計数上明らかである。

四、以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく被告らは各自原告惇之助に対しては金一、八三二、五一七円中金一、八〇〇、〇〇〇円及び内金一、五六七、二〇〇円(得べかりし利益の相続分金九三三、三三三円、慰藉料の一部金六三三、八六七円の合計金額)については綾子の死亡の日の翌日である昭和四〇年九月一六日より、内金一三二、八〇〇円(医療費並に葬儀関係費用)については昭和四〇年一〇月一日より、内金一〇〇、〇〇〇円(弁護士手数料)については昭和四一年一月一日より完済まで、民事法所定の年五分の遅延損害金を、原告昌之、原告真、原告信之に対し各金八九九、七六六円及び右各金員について、綾子の死亡の日の翌日である昭和四〇年九月一六日より完済まで民事法所定の年五分の遅延損害金の支払義務がある。そうすると、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

別表(一) 得べかりし利益喪失額表

<省略>

別表(二)

一 医療費

氷枕、水呑等 金2,730円

二 葬儀関係費用

(一) 本牧葬儀社への支払 金59,200円

(二) 根岸火葬場事務所席料 金1,000円

(三) 火葬場往復バス代 金2,800円

(四) 電報代及び葉書(350枚)代 金4,350円

(五) 葬儀並に通夜に伴う飲食代及び線香代 金37,788円

(六) 法名及びお経代 金25,000円

別表(三) 得べかりし利益喪失額表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例